「固定電話は必要か」
2010年11月29日 (月) | 編集 |
旦那のノスタルジーは、何の因果か電話機に飛び火したようである

・・近所の煙草屋にはピンクの電話、家に帰れば玄関を入ったところに黒電話。
ずっしりと手に馴染む受話器、ダイヤルを回して電話をかける、じ~ころころころ。
三十年ほど昔、NTTがまだ電電公社だった頃の光景である。

自分が小学生にあがった頃、庭に電柱が立ち、玄関先に黒電話が取り付けられた。
黒光りする姿は威厳があり、小学生が私用で使うなど、恐れ多いことだった。
中学や高校の頃には、電話を使う機会も増えたが、そこには固定電話故の文化があった。

友人の家に電話をかけると、大抵はおじさんやおばさんが受話器に出る。
きちんと挨拶をしてから、用件を伝え、友人を電話口に呼んでもらう。
電話をかけた方も、受けた方も、衆人注目の中での会話である、長電話や内緒話もできない。
先方の夕食時は避けたり、遅くとも夜十時以降の電話は遠慮するのが礼儀であった。

女性の友達に電話をかける時などは、決死の覚悟(笑)である。
親御さんへの挨拶、如何に相手に取り次いでもらうか、手に汗を握ってダイヤルに指をかける。
意を決してダイヤルを回すまでに、幾度会話のシミュレーションを繰り返しただろう。
黒電話は先方の玄関であり、相手が見えない分、家を訪ねるより敷居が高い気がした。

翻って、ケータイ全盛の昨今。
黒電話から進化した我が家のファックス付固定電話は、その存在意義を問われている。
単身の若者世帯はもとより、一般世帯からも固定電話が無くなりつつある。
やや年配の世帯でも、ケータイが使えれば、固定電話は置き物となりつつある。

固定電話は・・・・必要か?
恐らく十年もすれば、この問い掛けさえ無意味なほど、情報端末は変化しているのだろう。
しかし、手に汗を握ってダイヤルを回した、あの感覚が消え去るのは残念な気がしてならない。