「東北地方太平洋沖地震」(弐十)原発賠償の行方。
2011年06月15日 (水) | 編集 |
魚は炭で炙ればいい、ご飯は薪で炊けばいい、太陽と共に起きて、太陽と共に寝ればいい

・・原発賠償法案が漸く閣議決定、されど死に体の内閣では法案成立はおぼつかない。
原発事故の収拾目処は相変わらず立たず、放射線による被害は日を追って拡大するばかり。
やるべきことは明白である、一刻も早い事故の収束と、困窮する被害者の救済と。
震災から四半期が過ぎても、物事はほとんど進んでいない、永田町は混乱と退廃の極み。

原発賠償法案は一刻も早く成立して欲しい、被害者は皆望んでいるはずである。
しかし、利害関係者や政党間の思惑で、肝心の中味は曖昧模糊なまま。
法案の前提が、公的資金投入による東電救済、料金値上げによる赤字転化では反発も当然。

賠償金が十兆円なら、原発を火力等に変えると、一般家庭で千円/月ほど負担増との試算。
千円/月ぐらい我慢せよと言いたいのか、でなきゃ原発はやはり必要なのだと言いたいのか。
東電本体とステークホルダーの痛みは棚上げにした都合の良いシナリオでの試算である。
東電が上場維持することは、関東の電力が安定供給される必要条件ではない。
しかし、発送電の分離、発電事業の自由化、送電施設の売却は、一向に誰も口にしない。
この国の行く末を憂うなら、いい加減、真剣に議論されるべきではなかろうか。